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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2983号 判決 1974年4月24日

控訴人 名取徳太郎

右訴訟代理人弁護士 和田正年

被控訴人 日動火災海上保険株式会社

右訴訟代理人弁護士 三宅辰雄

同 石川正明

同 三宅雄一郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し、金三四万六二五四円およびこれに対する昭和四六年六月一一日から完済まで年六分の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、左記の外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

第一、控訴人の主張

一、本件保険契約は、控訴人自身と被控訴会社との間に締結されたもので、訴外英子が控訴人を代理して締結したものではない。

二、控訴人と訴外英子とは、保険事故発生後、事実上の離婚をしたので、控訴人は、

(1)被控訴会社の本店および八王子支店に電話して、控訴人と訴外英子は離婚したから、本件保険金を英子に支払わないよう要請し、

(2)さらに訴外福島幸子を介して、被控訴会社の社員篠崎茂に対し、本件保険金を訴外英子に支払わないよう要請し

たのである。ところが、被控訴会社は控訴人の右申入を無視し、本件保険金を訴外英子に支払った。しかも被控訴会社が訴外英子に本件保険金を支払った場所は、府中市にある控訴人の居宅ではなく、麻布の星野方である。この点を考えれば、被控訴会社が英子を控訴人の代理人であると信ずる正当理由があったとはいえない。

第二、当審における証拠関係<省略>。

理由

一、(一)昭和四四年八月二五日、保険事業を含む被控訴会社を保険者、控訴人を被保険者として左記内容の火災保険契約が成立したこと

(1)保険金額 一〇〇万円

(2)保険の目的 八王子市上野町八七番地やよい荘アパート八号室内に収容された控訴人所有の家財一式

(3)保険期間 昭和四四年八月二五日から同四五年八月二五日まで

(二)昭和四五年六月一四日やよい荘アパートが類焼したため、控訴人は本件契約の目的である家財一式を焼失し、給付されるべき保険金の額は被控訴会社によって金三四万六二五四円と査定されたこと、

以上の各事実は当事者間に争がない。右事実によると控訴人は被控訴会社に対し、金三四万六二五四円の保険金請求権を取得したことになる。

この点について、控訴人は当初、右保険契約は控訴人の代理人たる訴外英子が被控訴会社と締結したものであると主張し、被控訴人はこれを認めていたのである。ところが当審において控訴人は、控訴人本人が被控訴会社と右契約を締結したものであると主張している。しかしながらいずれにしても控訴人と被控訴会社の間で前記のような火災保険契約が成立していたことは、当事者間に争がないといわなければならない。

なお控訴人が当審において、右のように主張を変更するに至った真意は、英子が右契約締結につき控訴人から代理権を与えられていたことを否認することによって、英子が本件保険金を受領したとしても、民法一一〇条の表見代理は成立しないと争う趣旨と解せられる。しかしながら、当裁判所は後記のように、右表見代理の点について検討する必要はないと認めるのであるから、右主張については特に判断を加えない。

二、つぎに被控訴人の弁済の抗弁について判断する。

原本の存在および成立について争のない乙第七号証と原審および当審における証人篠崎茂の証言によると、被控訴会社は昭和四五年七月二二日訴外英子に対し、本件保険金三四万六二五四円を支払ったことを認めることができる。そこで英子に対する右支払が控訴人に対する有効な弁済となるかどうかを検討する。

訴外英子が当時控訴人の妻であったこと、本件保険契約の保険金額が一〇〇万円であったことは当事者間に争がなく、原審における控訴人本人尋問の結果によると次のような事実を認めることができる。本件保険契約は控訴人と英子が夫婦として同居していたアパートの一室において、日常共同使用していた家財一式を対象としたものであること(したがってそのうちには英子の特有財産も含まれていたものであること)、保険料は月額一三四〇円にすぎず、控訴人が夫婦の生活費として英子に手渡していた月額六五、〇〇〇円ないし七〇、〇〇〇円の中から支払われていたこと、以上のとおり認めることができる。そして右各事実によれば、英子が被控訴会社から本件保険金を受領することは、民法七六一条にいう「日常の家事」に属するものと解するのが相当である。そうすると、英子の右受領行為は、その効果が夫である控訴人に及ぶものといわなければならないから、被控訴会社は英子に支払ったことにより右債務は消滅したことになる。

もっとも原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人と英子は、やよい荘アパートが全焼したので、昭和四五年六月一七日頃から府中市内に居住していたが、英子は六月三〇日控訴人に無断で家出してしまった事実を認めることができる。右事実によると、控訴人と英子の婚姻生活は破綻し、離婚を前提として別居したものと解しえられなくもない。だとすれば、夫婦の共同生活関係は消滅したのであるから、英子が本件保険金を受領することは、「日常の家事」に属しないことになったというべきであろう。

しかしながら、被控訴会社がこのことを知っていたと認めるに足る証拠はない。原審における控訴人本人尋問の結果のうちには、控訴人は同年七月一五日頃、被控訴会社に電話して、自分以外の者に保険金を支払わないよう申入れたという部分があるが、当審における証人篠崎茂、同野村守の各証言および右野村証言により成立を認める乙第九、一〇号証と対比して措信できない。

さらに被控訴会社が、このことを知らなかったことについて、過失があったとするに足る事実を認めるべき証拠もないのである。控訴人は、被控訴会社が英子に保険金を支払ったのは、府中市にある控訴人の居宅においてではなく、麻布の星野方においてであったというが、だからといって被控訴会社に右過失があったとすることはできない。

以上のとおりであるからその余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の弁済の抗弁は理由があり、控訴人の本訴請求は失当である。したがって控訴人の右請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩野徹 裁判官 中島一郎 桜井敏雄)

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